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「草がやたらと生えているけれど、なんだか綺麗と思える畑」という新しい概念



最近、立て続けに「綺麗に畑をやっているね~」という声をかけられました。


(ここ1週間で全然違う文脈の方5名くらいから。)


通りすがりの方にそんなことを言われる機会は普段なかなかありませんので、まるで狐につままれたかのようです(笑)


これが何を意味するのかはわかりませんし、そもそも意味なんて何もないのかもしれませんが、見知らぬ人にわざわざ声をかけてまで伝えようと思うくらいに直感的にそう感じてくれたのであれば、僕にとって悪いことは一つもなく、むしろ喜びしかありません。


ただ、普段あまり言われないようなことをよく話したことがない人や見知らぬ人に立て続けに言われたりすると、「何か意味のある天からのメッセージなのでは??」みたいに聞こえてきてしまって、無理やりそう解釈しようとしているのかもしれない??という可能性の中にいる自分に滑稽さを感じたりもしています(笑)


また、「なぜそんなに意味をつけたがるのか??」という自己感情の俯瞰を楽しませてもらっています。


そこに大した意味なんてないかもしれないのに…


「人は自分の欲求を満たすために、目の前の出来事に価値や意味をつけたがったり、自分の満足できる解釈に落とし込めることで自分の心を落ち着かせることができる生物なのかもしれない」などというようなことをぐちゃぐちゃと考えています。


「人は自分が見たいと思う現実しか見えない」という格言をカエサルが残していますが、もしかしたらこの手の反応もそういうものと似たような部分があるのかもしれないな〜とも思いました。


無意識化の本能的自己防衛とでも呼んでおくとしましょう。


ところで、今回、草を一本も生やさないで畑をやっている人からも「綺麗にやっているね~」と言われたりもしたので、とても面白いなと思っています。


「そもそも綺麗とはなんぞや??」 というのは、それぞれの認識の話でしかないので、何を持って綺麗とするかは人それぞれではあると思いますが、逆の思考(草を一本も生やさない畑を良しとしている人)の人からも綺麗などと言われると、「草がやたらと生えているけれど、なんだか綺麗と思える畑」という新しい概念を自分の営農地域に落とし込めたような気がして、田舎のプチイノベーションみたいなものを起こした気になったりもします(笑)


まぁおそらく気のせいでしょうが、ついに閾値超え??(笑)


僕は自分のやっていることが、必ずしも多くの人や社会に認められるべきものとして存在していなくてもよいと思っていますが、自分がやらずにはいられないくらいに好きで取り組んでいることが、他の誰かに「素敵だね」と言われたりすることはたまらなく嬉しいと感じます。


ですので、今回のような「綺麗に畑をやっているね~」という声も、心を温められる材料になることはいうまでもありません。



これが仮に、先に述べたような自分に都合の良い解釈になっていたことが後で分かったとしても、「自分の心の本能的な反応」という生のリアリティみたいなものを追憶することでメタ認知を深めることができそうなので、それはそれで更に自分を知る良いきっかけになりそうな気がしています。



思考を振り返ることにはいつだって学びの実感があるので、上記のような感情に強いナチュラル感を覚えています。


この度、立て続けにかけていただいた声から、「どんな展開になっても、結局全て自分の感情次第なんだろうな」という普遍を噛み締めるところに着地。


今日も平和な1日です。




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