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コミュニケーションとタイパ思考と余白思考



畑作業をしていると、友人や知人が突然やってくることがあります。


「近くに来たからいるかな〜と思って〜」というような感じで来てくれる方が多いですが、気にかけてわざわざ会いに来てくれたことに対し、とても嬉しい気持ちになります。


その一方で、それがあまりにも突然過ぎると「あれ?なんかうまく喋れないな.....、自分の会話のギクシャク感がすごいな…」などというような感覚を覚えることがあります(笑)


勝手にこっちがそう感じているだけのことも多いのでしょうが、そういう度に「自分は予定外のことに瞬発的に対応する能力が低いのかな??」などと思います。


知らず知らずの内に、人と会う前に「会話の良い流れ、良い型」のようなものを頭の中に作り出し、それに沿って会話を進めていくことに達成感や満足感を覚えているのかな??


もし仮にそういうものが自分に癖づいているとしたら、「即興」、「フリースタイル」、「流れゆくまま」、「自然体」のような、アンコントローラブルを肯定するようなことに強く惹かれているようなそぶりを対外的に見せ続けている自分に対し、大変に滑稽なものを感じます(笑)


人と会う前に「次はあの人と何を話そうかな〜??」と前もって考えることに悪いことはないと思いますが、私はどこかで、コミュニケーションそのものをタイパ思考で捉えてしまっている所があるのかもしれません。


「あの時間は、有効なコミュニケーションが良い流れでできたか否か??」みたいな。

自分のアドリブ力の低さを隠す為の本能的な反応なのかな??


いずれにしても、タイパ思考のようなものが強すぎると、コミュニケーションの醍醐味を激しく失ってしまうような気がしますので、そうならないように気を付けたいなと思います。


山崎晴太郎さんが「余白思考」という著書の中で


「すべてをコントロールしようとして、自分が思う最高の状態にしてしまった結果、新しいものが何も生まれなくなってしまった。」


というようなことをおっしゃっていますが、この投稿文のようなことを考えている今日の私の心には、このようなイレギュラー歓迎型の思考がやたらに刺さります(笑)


※カボチャが実をつけはじめました。実に愛らしいです。






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■人の力と少しの道具で成り立つ、シンプル&ミニマムな農業をモットーに、農園を営んでおります。

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