分類は、文化的で社会的な行為
白ナス、「なんだか姿が果物みたいですね〜。」と言われました。
分かります。
というか、トマトのようにナスを果物として扱っている国もあるのかな??
(調べてみたけどよく分からなかった)
野菜、果物には統一された明確な定義はないとされていて、食文化や法律など、植物学以外の所でも判断されているようなので、国や文化によって分類の形も様々です。
日本の農水の分類では、メロンやスイカ、イチゴは、学問的には「野菜」になりますが、流通や家計調査上では「果物」ということになっています。
また、トマトやキュウリなどは果実を食用とする野菜となっています。
ナスもこの分類になりますので、果実でありはするものの果物ではないということになります。
どっちでも行けちゃいそうなデュアルな感じがとてもいいです(笑)
まぁ、自然や植物にとってみればどっちでもよいことなのでしょうけれど。
ところで、先述のとおり、トマトは国によって果物だったり野菜だったりしますが、アメリカでは、この論争で裁判が起こっています。
簡単に紹介します。
19世紀のアメリカで、トマトが野菜か果物かで議論が白熱し、裁判にまで発展しましたが、これは学術的な好奇心から生まれたものではないようです。
19世紀のアメリカにおいて、輸入品には関税がかかっていました。しかし、果物には関税がかからず、野菜には関税がかかるという制度がありました。トマトを輸入する業者は、関税を安く抑えるために「トマトは果物である」と主張しました。
一方、政府はトマトから税収を得たいと考えており、「トマトは野菜である」と主張しました。この両者の対立が激化し、裁判へと発展したと言われています。
結局、最高裁判所は「トマトは野菜である」という判決を下しました。判決文には、「トマトは野菜畑で栽培され、食事には出されるが、デザートにはならない」といった理由が記されていたそうです。
経済、法律、学問、文化など、様々な要素が複雑に絡み合った、トマトという身近な植物に起こった歴史的な出来事から、私たちが普段何気なくしている「分類」という行為が、いかに文化的、社会的なものであるかという教訓を得ることができます。
こういうのおもしろいです。
Comments