音声コンテンツ爆発時代の恩恵と弊害



ナスの旨味が増してきました。

やっぱりナスは秋が一番美味しいです。




今日は音声コンテンツ爆発時代の恩恵と弊害のお話です。


昨年末に、「2021年は例年の倍量の本を読む」という目標を立てたこともあり、今年はAudibleを取り入れ、一人の畑時間には基本的に本を聞いています。


僕の畑時間は、1日大体5~6時間ほどなので、大体2〜3日くらいで一冊聞き終えるペースです。

ということで、今年は仕事時間内のインプットをめちゃくちゃ深められています。


ただ、それと同時に、最近じっくり物事を考えられていないことにも気づかされています。



カル・ニューポートの著書「デジタル•ミニマリスト スマホに依存しない生き方」に、孤独の欠乏傾向について書かれているのですが、正にそんな状態かも。



(ここでいう孤独の欠乏とは、「他者の思考のインプットに気をとられ、自分の思考のみと向き合う時間が限りなくゼロに近づいた状態」のことです。)



つまり、自分だけの思考に没頭することが最近少なくなっている気がするということですね。



畑で起こる現象や自分の心に対してのクリティカルシンキングがめちゃくちゃ浅くなっているような気になっています。



目の前のこと以外に常時接続が物理的に可能となった日常の中で、「自分だけの思考の時間をどれだけとれるか??」にもっと意識を向けたいな…と最近は考えています。



もちろん「ながらインプット」があるおかげで、仕事時間の多くをインプットにも当てられているので、その恩恵への感謝は物凄く深いのですが、それによって自分の思考が散らかりすぎないように気をつけたいなと思いますし、自分の心の芯に接続する時間を作るのも忘れてはならないなと思っています。


前回の記事も現実世界と実態のない世界での距離感についてのお話しをしましたが、今はそういうことについての心のアンバランス感を考える時期なのかもしれません。


そんな感情変化も含めてできるだけ楽しも。



※著書には、ソロー、ニーチェ、ルソー、ウェンデル・ベリー などの歴史的な哲学者や作家も自分の思考の時間を物凄く大切にしていたことが引用されていますが、現代の常時高速送受信時代だからこそ振り返りたいとても印象的な言葉ばかりです。



ニーチェ

「我々は書物のページのあいだのみで思考し、書物から刺激を受ける輩とは相入れない」


ルソー

「ほかに何もせずただ歩くとき、田園は私の書斎となる」


ベリー

「歩いているとき、森の奥で時間をかけて辛抱強く育っていく土にいつも思いを馳せる。そして私の生活の中のできごとや人々を思い出す」


ソロー

「1日に少なくとも4時間、たいがいはそれ以上、世事から完全に解放されて森や丘や野原を心の赴くまま歩くことができなければ、私はおそらく心身の健康を保てない」





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