露地野菜の春の端境期




野菜が一年の中で最も少ない季節になりました。


今の時期に露地野菜が少ないのは極自然なことですので、自ら露地栽培を選択している以上、採れるものが少ないことを憂いてもしかたがありません。


淡々と、今の時期でも育てられるものをきっちり収穫まで結びつけ、少ないながらも収穫できるものがあることをただひたすらに喜ぶだけです。


春の端境期名物&早春の贅沢味覚、菜花各種がとびきり美味しい季節がやってきました。





さて、今日は春の端境期のお話です。





端境期とは??


端境の時期。また一般に、物事の入れ替わりの時期。

広義では移行期という意味の言葉になります。


夏物と秋物の間や、冬物と春物の間といったシーズンの合間の時期を指す言葉ですから、「端境期で在庫が品薄になる」などというような使い方をします。


農業で言えば、米や野菜などの農産物が収穫できなくなる時期のことで、冬野菜が終わって春野菜ができるまでの2月~4月頃や、夏野菜が終って秋野菜が出回る9月~10月頃のことを指すことが多いです。



で、現在、うちは春の端境期になります。




野菜の露地栽培でいうと、この時期が1年の中で最も大きな端境期となります。



そうなる理由は大きく3つあって、


・冬〜春は寒い時期ですので、種を播いても収穫できるまでに時間がかかる

・寒い時期に種まきをしても収穫前に花が咲いてしまう作物が多いことから、制約も多い

・冬越しして畑にストックしてある作物も花を咲かせてしまい収穫期を一斉に終えてしまう


という3つになります。



ですので、この時期に収穫物を得るためには、ひと工夫もふた工夫も必要な訳です。

(ハウス栽培とか、トンネル栽培とか、地温をあげるためのマルチとか)



うちのように周年で野菜の詰め合わせを販売しているような農家になると、その品目を確保するのが結構難しくなってきますので、僕自身も、毎年、「ああでもないこうでもない」、と頭を悩ませながら、この時期をなんとかやりくりしています。




春の端境期に近隣の農家と話をすると「葉野菜や根菜類の花が咲いてしまうせいで採れるものが少なくなってしまう」と多くの方が感じていることがうかがえますが、その一方で「花が咲いてくれるお陰さまで、視覚的にも味覚的にも季節の趣きが感じられる」という豊かな気持ちで受け止める方も存在したりもします。

(後者に関しては、僕の出会った人の中での比率でいえば極少数しかいませんけど…)

後者の受け止め方で考えるのであれば、春の端境期はとても華やかで賑やかな季節にもなり得る訳ですから、僕はどちらかというと、前者の考え方よりも後者の考え方の方が好きです。


というか、モヤモヤしていたり不安感に駆られているのも精神衛生上良いものではないので、できればそうなりたいという願望かも(笑)

お大師さまの言葉、「自分の考え方次第で世界は変わる」とは、まさにこういうことでしょう。


そのような気持ちに影響を受け続けてきたお陰さまもあるからなのか、僕自身も最近は「南関東の端境期なんてほんの僅かな期間なんだから、そんなにストレスを感じる必要はない」と考えられるようになっていたりします。


それは、冒頭で書いた「自分で選んでいるんだし、憂いても仕方がない」ということから出てくる気持ちでもあり、単純に、端境期でもそれなりに野菜を収穫できるようなサイクルを作ることができるようになったからこそ生まれてくる気持ちでもあります。


就農当初は、野菜が全然思うように作れませんでしたから、そんな風に考えることなどできる筈もなく、収穫できるものがなくなってしまうことに対する焦りと不安に包まれ、メンタルボロボロの暗黒端境期をおくっていました(笑)



そのようなこともあり、経験と共に、栽培技術や作付けの段取り、メンタルも随分と成長できていることを実感しています。









経験上、端境期による不安感って「いつもより皆さんにお届けすることができない」とか「いつもより販売することができない」というような気持ちから生まれてくるものでしょうから、生業として周年出荷農業を選んでいる人に限っての悩みや不安感なのだろうと思います。

(昔であれば、食べる物を確保するため、生きていくために、多くの人が食料生産における端境期にヤキモキしたことでしょうが、現代はよくも悪くも、そういうストレスを皆が抱えなくても食べるものは割と簡単に手に入れられるので)

ですので、割り切って端境期は出荷をお休みにしてしまうという選択は、そういったストレスを取っ払うことのできる一番手取り早い方法だろうと思います。

(それか、そういう作物を栽培品目に選ばず、出荷期間を限定した販売方法をとるか、露地栽培に限定しないとか)

育てづらい時期に無理して作物を育てることは、大前提として、自然や気候のリズムに逆らうアプローチをしなければならなかったりもしますしね。


それでもうちは、「お野菜を年中皆さまに食べてもらえたら嬉しい」という気持ちが強いので、露地栽培の範囲でできる工夫(ビニールトンネルやマルチ)などを用いて、春の端境期でもそれなりにお野菜を収穫できるように努めています。


ただ、やはり普通の時期に育てるよりも少し栽培に気を遣いますし、テクニックを必要とする場面も多いので、時には栽培がうまくいかず、お野菜が極端に少なくなってしまう端境期になってしまうこともあります。

でも、例え全然採れない時があったとしても、「自分の理想を目指し、そこに向かって努力や工夫をしてみた結果、それでもダメだった場合、また再考し、組み立て直す」ということを自分が納得いくまでひたすらに繰り返せばよいのだろうと思いますし、例え何回失敗しても「途中でダメな時が何回あってもいいじゃない」とも思います。



不安なんて大体、「ダメな時があっちゃダメ」、「なるべく理想どおりにいかないと」 「なるべく失敗したくない」、「成功して認められるには失敗はできない」みたいな気持ちからくる焦りだと思いますので、そんなパフォーマンスの邪魔をするような感情はできる限り捨ててしまうに限ります。

これは自分だけのことに限った話ではなく、多くの人が、自分や他者の失敗に寛容な世の中の方が、新しいチャレンジやイノベーションの芽が大きく育ちやすい世の中になるような気もしますしね。(怠惰や甘えではなく良い意味でを大前提に)


そのようなこともあり、僕は、多くの人が失敗を気にせずガンガンチャレンジできるような空気が社会全体に蔓延すると良いなと思っています。


ですので、自分自身が積極的にそういう空気を放っていきたいと考えていますし、足枷になり得るような後ろ向きな感情を取っ払って生きていく術を追求し続けていきたいと思います。



とはいえ、これは先に述べたように、就農当初の焦りと不安、失敗しまくりの結果があったからこそ生まれた考えで、「散々もがいて、不安になったって意味ないじゃん」と、ようやく気づいたというお話でもありますので、最初からそのように思っていたという訳ではありませんが…



でも、「そんなプロセスを周年露地栽培でこれから踏もうとしている人が、それを踏まずにショートカットできるといいなー」という願いも込めて。







■終わりに





結局の所、何が言いたかったかというと、僕の端境期マインドである

「あんまり気にしすぎてもどうにもならないからなるべく気にしない」

「今年気になったところは、翌年のストレスを潰すためにも徹底的に改善策を練る」

「どうせまたすぐに育てやすい時期がやってくるから気楽に」

「採れない時があったって別にいいじゃない」

を共有したいと思い、記事を書き出しました。


感情って、自分で実際に覚えてみて、それに対しての最適な処理方法を自分なりに会得していくものなのだろうと思いますが、人の経験情報を取得することにより、もがかなくてもよくなるケースだって沢山あると思います。



そのようなこともあって、僕の感情もオープンに置いておこうと思ったというお話です。



誰の参考にもならないかもしれませんが、例え一人でも、誰かの何かの力になれたのであれば、それはとても幸せなことです。




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