消費者余剰と生産者余剰と廃棄問題のつながり。






前回の記事では、野菜の収穫量と出荷量の差が毎年約200万トンあるという推移データを紹介させてもらいました。



それらの廃棄物は、食品ロスには含まれないということではありましたが、せっかく資源を投入して(肥料やエネルギーなど)農産品を作っているのだから、「農産品を人類がどれだけ無駄なく胃袋回収できるか??」を考えることはとても重要であり、そのロス量を極力減らせたら良いなと思ってはいるものの、「では、生産者、消費者が、それぞれどのように振る舞えば良いのか??」を考えれば考えるほど、その問題の複雑さに何とも言えない難しさを感じるばかりです。


今日はその問題の難しさについてのお話をしたいと思います。

まず、前提条件として、規格外や価格調整のために廃棄せざるを得ない農産物に対し、生産者、消費者問わず、「そんなことは無駄だからどうにかできないものか?」というようなことを、かなり多くの人が思っているように僕には感じられています。

しかし、全体の安定化を目指す上での最終的かつ最適な手段が廃棄になっている という現状への理解を示した上で、「この問題の本質的な課題と、その問題解決の難しさとは何なのか?」を考えたいなと思っています。

そのようなことから、まずは、実際に廃棄農産物が大量に出てしまった際の生産者側の思いと、消費者側の思いの相容れない差について考えていきたいと思います。

■消費者余剰と生産者余剰と廃棄物問題のつながり。




・生産者余剰

ある商品一単位について、生産者が実際に販売する価格(市場価格)から、その製品一単位を生産するに必要な費用(限界費用)を差し引いたのちに残る金額のこと。


・消費者余剰

消費者が支払っても良いと考えている価格(支払意思額)と、実際に払っている価格との差のこと。



上記の通り、生産者の余剰と消費者の余剰は真逆の概念ですので、生産者余剰が小さければ、消費者余剰が大きくなり、消費者余剰が小さければ、生産者余剰が大きくなります。


簡単に言うと、生産者余剰も消費者余剰もそれぞれの利益のことを指します。



これは日常生活の中で知らず知らずに意識しておられる方も多いのではないかと思いますので、意味をスッと理解できる人も多いのではないかと思います。



農産物の産地廃棄問題もこの視点で考えると、「なぜ生産者が廃棄したくもないのに廃棄せねばならないのか?」「捨てるくらいなら買いたいという消費者が沢山いたとしても、問題が解決に向かわないのは何故か?」という所にも思いを巡らせやすくなるのではないかと思っています。



沢山の方に直接聞いた訳ではないので、かなりざっくりしたものにはなりますが、僕の考える、産地廃棄に対しての、消費者、生産者のそれぞれの思いを整理してみようと思います。



・消費者の思い


「捨てるくらいなら安く売ってくれ」


「廃棄せずとももし売ってくれるのなら進んで買いたい」


「調整のためとはいえ、大量に食べ物を潰すことはないんじゃないか?」


・生産者の思い


「廃棄によって今季の収入が期待できないから、すぐに次作を植え付けた方がいいし、潰すことにより補助金がもらえるのであればとても助かる」


「寄贈、崩壊した価格で販売に手間をかけるなら来季の準備に力を入れたい。(植え付けてすぐに回収できるわけではないから)」


「売れば売るほど金銭的にも時間的にもコストの方が大きくなるものを買ってくれると言っても売れない」

ここで僕が言いたいことは、消費者が買いたい、支えたいという思いと、生産者の売りたいけれど、販売にかかる機会費用が大きくなってしまうのであれば売れない。という力が自然発生してしまうような構造になっていることから、最適解としての廃棄が必然的に存在してしまうのであり、その問題の解決はとても複雑なものであろうということです。


食料の問題は世界的に見ても課題が山積みであることは周知の事実ですから、農産品の廃棄物自体を減らしたいという思いは多くの人が持っているものだとは思いますが、僕らの社会は、物やシステム、商品の価値に大きく規定されている社会ですので、人がどう頑張ってもコントロールできない領域の多い一次生産物だからこその暗黙の了解、または、妥協?許容?のような考えを基準に設定しなければやってなられない部分も少なからずあるのではないかと感じています。

生産地と消費地が離れているから余計にこういう構造になりやすいのだろうと思いますし、規模感的に、地域や近隣で対処できる問題でもないのだろうと思っています。


(勘違いを生みそうですので、一応言っておくと、僕は地産地消のような考え方が好きですが、生産地と消費地が離れていることに対し特別な問題視はしていません)



以上のことから、「200万トンくらいの差は、仕方がないと思える許容の範囲内ではなかろうか?」と考えられなくもないかな? とも思うのですが、その一方で、生産した農産物の廃棄量自体を減らし、生産物のほとんどに使用価値がちゃんと付加されるような流れや仕組みが整えられるとより良いよな〜とも思いますし、「そのためにはどのような仕組みで進んでいくことが求められるのであろうか??」 というようなことを考えさせられています。



■食品ロスの定義が世界と違う?




前回、出荷量と収穫量の差分は食品ロスにカウントされない と言うお話をしましたが、この食品ロスの定義を世界的な基準で見てみると、収穫、捕獲、などの小売りに入る前の段階のものも含めて食品ロスとする と定義づけられています。

定義が違いすぎて、何じゃそりゃ(笑)という感じになっています。

でも、出荷された後に食べられなかったものは食品ロスになって、出荷前の廃棄は食品ロスにカウントされないということに対し、「そんなのただの場所の違いだよな~」と納得がいっていなかったこともあって、世界基準が真逆で良かったなと思っています。


でも、なぜそもそもの定義が違うのだろう??


(調べてもいまいちよく分かりませんでしたが、誰か知ってます?もし知っていたらぜひ教えてください。)



サーマルリサイクルや、食料自給率などの数字のからくりのように、ここにも何らかの意図や狙いがあったりするのかな?? と軽く勘繰りモードになっている自分を認知しています。

食品ロスの定義の差は個人的に興味深いテーマですので、次回は、日本と世界の食品ロスの定義の差を見ながら、食品ロスと廃棄物について書きたいと思います。




本日もお読みくださってありがとうございました。










​Post List

​最新記事